このページではJavaScriptを使用しております。

トピックス

ブログ

災害時に強い病院建築——BCP対応設計の最前線

はじめに——病院建築に求められる「災害対応力」

日本は地震・豪雨・台風など、自然災害が頻発する国です。そのため医療施設には、平常時の診療だけでなく、災害時における地域住民の「最後の砦」としての機能が求められます。

 

しかし、災害によって病院自体が被害を受け、機能停止に追い込まれれば、地域全体に甚大な影響を及ぼします。

このため近年はBCP(事業継続計画)を前提にした病院建築の重要性が高まりつつあります。

本記事では、病院建築における災害対応設計のポイントについて解説します。

 

 

 

  1. そもそもBCPとは?

BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、大規模災害や感染症流行、システム障害など予期せぬ事態が発生した場合に、重要な業務を中断させない、あるいは中断してもできるだけ早期に復旧させるための計画を指します。

一般企業では生産活動や物流、金融サービスなどの継続を念頭に置きますが、病院におけるBCPは性質が異なります。

 

病院の場合、災害直後から地域住民の命を守る医療を提供し続けることが最大の使命です。

そのため、単に「業務を続ける」だけでなく、災害医療の即応性、患者の安全確保、地域との連携体制といった要素を含めた広義のBCPが求められます。

 

 

 

  1. なぜBCP対応設計が必要なのか——背景と課題

過去の大規模災害は、病院の脆弱性を浮き彫りにしました。阪神・淡路大震災では多くの病院が倒壊や設備損壊の被害を受け、東日本大震災では停電・断水によって医療機能が停止した病院が数多くありました。熊本地震でもエレベーター停止が患者搬送を困難にし、救命活動に支障をきたしました。

 

特に日本は高齢社会であり、入院患者の多くは重症度が高く、自力での避難が難しいのが現実です。「病院が動けなくなる=地域の命を守れない」という構造的課題がある以上、BCP対応設計は避けて通れないテーマです。

 

 

 

  1. BCPを前提にした病院建築の考え方

病院建築においては、建築計画段階から災害時のシナリオを想定することが不可欠です。

その際には、建物や設備などのハード面と、運営体制や避難訓練といったソフト面の両輪を整備することが求められます。

 

また、厚生労働省が策定する「災害拠点病院指定要件」や「災害拠点病院整備事業実施要綱」など、国や自治体のガイドラインを踏まえた計画が重要です。こうした指針は、発災後72時間の自立運営を想定しており、病院が地域の災害医療拠点として機能し続けることを前提に設計されます。

 

 

 

  1. 耐震・免震・制震——建物そのものを守る技術

まず基盤となるのは、建物自体の強靭さです。従来の耐震構造に加え、病院建築ではより高い耐震性能を目指すケースが見られます。

 

また、揺れを吸収して建物機能を維持する免震構造の導入事例も各地で確認されています。さらに、地震エネルギーを分散させる制震装置を組み込むことで、ICUや手術室、サーバールームなど、停止が許されないエリアの安全性を高める試みも広がっています。

 

これらは単に建築基準に適合させるだけでなく、「医療機能をいかに継続するか」を重視した設計思想の一環といえるでしょう。

 

 

 

  1. 災害時に止まらないインフラ設計——電源・水・通信

災害時の病院機能維持には、電源・水・通信といったライフラインの確保が不可欠です。

 

  • ・電源確保:非常用発電機の容量を拡充し、燃料を3日分程度備蓄することが求められています。さらに一部の病院では太陽光発電や蓄電池を補完的に導入する動きもあり、長期停電に備えています。透析や人工呼吸器を継続利用できるかどうかは患者の生死に直結するため、電力の安定供給は最優先事項です。
  • ・給水体制:受水槽の二重化や地下水利用システムを整備し、上水道断絶時にも最低限の給水を可能にしています。特に災害時はトイレや清潔維持に大量の水を必要とするため、飲料水以外の備えも重要です。
  • ・通信:衛星電話や専用回線、病院間ネットワークを確保し、複数の通信手段を用意することが推奨されています。近年は災害時情報システム(EMIS)やクラウドを活用した患者情報共有の仕組みも注目されています。

 

設計段階で「最低72時間は自力で稼働できること」を目標にすることが一般的です。

 

 

 

  1. 患者とスタッフを守る避難・動線設計

病院建築における避難設計は、患者の多様な特性を考慮しなければなりません。車椅子やストレッチャーでの移動を前提に、廊下や避難経路は幅広く設計されます。

 

また、非常階段の位置を明確にし、非常時でも直感的に避難できる工夫が求められます。さらに、認知症患者や高齢者への対応として、シンプルで混乱しにくい動線計画が必要です。スタッフが迷わず行動できる配置は、救命活動のスピードを左右します。加えて、VRやシミュレーション技術を用いて避難行動を検証する取り組みも進んでおり、実効性を高める工夫が各地で実践されています。

 

 

 

  1. 地域連携を見据えた病院建築

病院は単独で機能を果たすのではなく、地域の防災拠点としての役割を担います。災害拠点病院に指定される施設では、近隣の老人ホーム、学校、行政施設との連携が設計段階から意識されています。

 

例えば、緊急搬送に対応できるヘリポートや救急車搬入口の整備、地域住民が一時的に避難できるスペースの確保などです。

 

平時から地域に開放できる多目的ホールや備蓄倉庫を併設する事例もあり、地域全体で災害に立ち向かう体制づくりが進んでいます。こうした施設は、防災教育や地域訓練の場としても活用され、病院の存在意義をより高めています。

 

 

 

  1. まとめ——これからの病院建築の方向性

災害に強い病院建築は、単なる建物の堅牢化ではなく「社会的信頼の獲得」に直結します。BCP対応設計はコストではなく未来への投資として捉えるべきです。これからの病院建築は、建築・設備・運営を一体として設計し、災害に備えることが当たり前になるでしょう。

 

地域住民にとって、病院が「本当に頼れる存在」であるために、BCP対応建築は今後ますます重要なテーマとなっていきます。さらに今後は、AIによるエネルギーマネジメント、ロボットを活用した災害支援、デジタルツインによるシミュレーション設計など、新しい技術の導入が期待されており、病院建築の進化は今後も続いていくでしょう。

 

無料セミナーを定期的に開催しております。詳細はお問い合わせフォームよりお気軽にお問い合わせください。